文永2年(1862)焼失。慶応3年(1867)再建に着手した。その時用いた杉の大柱は、今なお健在である。この柱は、当時境内にその貫禄と威容を誇っていた「地蔵杉」の大木から採ったものであり、1本の木から実に67本もの柱材が採れたという。
その後、代々の住職が鋭意本堂の完成に努力したが、打ち続く諸々の困難に出会い、工事は遅々として進まず、大正15年(1926)になって、ようやく現在のような形を整えるに至った。
弘法大師1150年御遠忌記念事業としてこの大塔を建立した。(昭和56年5月17日落慶)
その昔、常法談林として隆昌を極めた。当山は現状のほか、阿弥陀堂・百観音堂等幾多の諸堂伽藍が存在したが、永年の歳月と災禍に見舞われ皆無となった。よってこの度、記念事業として塔形式を考案復興することとなったのが、この大塔の由来である。
1階には十二支守本尊(八仏)、薬師如来、水子地蔵尊。
2階には祖師堂と称し、弘法・興教両大師と併せて不動尊・輪蔵(大般若600巻)
3階には観音菩薩をそれぞれ安置している。
また今回縁あって、彼のインドよりもったいなくも仏陀釋迦牟尼の真骨を頂戴し、塔中央に奉安した。
塔は高さ30m、間口7m、高野山、根来寺に次ぐ大塔で、当山の最もほこりとするところである。
| ご縁日 | ご縁仏 | |
| 正月・5月・9月 | 8日 | 薬師如来 |
| 12日 | 興教大師 | |
| 15日 | 阿弥陀如来 | |
| 18日 | 観世音菩薩 | |
| 21日 | 弘法大師 | |
| 24日 | 地蔵菩薩 | |
| 28日 | 不動明王 |
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千代桜 |
| (昭和39年与野市指定) 高さ5.30m、胴回り4.48m、推定樹齢約250年 | |
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このシダレザクラは双子葉植物バラ科の植物で、エドヒガンザクラの枝垂性となった変種で一名イトザクラと言う。 毎年4月初め頃、長く垂れ下がり、円形桃色の花弁は非常に美しい。 |
本尊は五大明王。
堅固不動の菩提心を表す不動明王(ふどう)を中心とし、除病調伏を司る降三世明王(ごうざんぜ)、息災・安全・財宝を守護する軍荼利明王(ぐんだり)、除魔の大威徳明王、悪魔欲心をくだす金剛夜叉明王(こんごうやしゃ)の五大尊で、その功徳とご利益は甚深無量である。
よって諸願成就を祈念する参拝者は常に絶え間がない。寺伝によれば、後宇多天皇の御代弘安年間(1278〜1288)良胤僧都の作という。
| 仁王門 | 仁王尊・四天王安置 平成4年建立 |
| 二天門 | 梵天・帝釈天安置 平成4年建立 |
| 安養の館 | 円乗院文化資料展示 |
| 十三仏堂 | 与野不動尊安置 慶長年間の建立 |
| 地蔵の石仏 | 与野三地蔵のうちの一体 |
| 万霊塔 | 昭和29年建立の納骨堂 平成4年に改築 |
| 大日堂 | 大日如来・与野七福神大黒天(石仏 平成15年新たに建立)安置 |
| 開扉日 正・5・9月の28日 | |
| おくり地蔵堂 | 藤原末期の仏像を安置 |
| 清莪荘 | 法事待合所 |
| 水子地蔵尊 | |
| おとしより幸福観音・ぼけ封じ観音 | |
| 無縁仏納骨所 |