仏像の基礎知識


仏像とはなにか?

 もともとは仏教を始めた釈迦の姿のことです。
 今から約2500百年前,釈迦はさまざまな修行ののち,悟りを開いてブッダBuddha)になりました。ブッダとは「悟りを開いた人」という意味です。
 中国で,「ブッダ」を当時の中国語に訳さず,「ブッダ」という音を「仏陀」という漢字に写したのです。この「仏陀」が省略されて「ぶつ,ほとけ)」という言葉になりました。
 ですから「仏像」とは,「ほとけの像」のことで,狭い意味では悟りを開いた釈迦のことを指します。

菩薩とは?
 しかし,仏像が作られるとほとんど同時に,釈迦が悟りを得る前(出家<家を出て修行すること>する前)の姿もたくさん作られたのです。悟りを得るために修行している人を「菩薩(ぼさつ)」といいます。菩薩は「菩提薩(ぼだいさった=ボーディ・サットヴァ Bodhisattva)」を省略した言葉で,悟りを得る前の釈迦だけではなく,悟りを得たいと望む人すべてを意味します。

さまざまな仏像
 はじめは,悟りを得る前の釈迦(菩薩像)と悟りを得たあとの釈迦(仏像如来像)だけが作られていたのですが,すぐに釈迦のほかにもたくさんのほとけや菩薩がいると考えられるようになり,さまざまな仏像・菩薩像が作られるようになったのです。
 たとえば,阿弥陀如来(=阿弥陀仏)・薬師如来などの仏像(如来像),観音菩薩弥勒菩薩文殊菩薩などの菩薩像です。これらの像も仏像と呼ばれます。
 さらに仏教の)や明王(みょうおう),仏弟子羅漢像<らかんぞう>),仏教の宗派を開いた空海法然などの像(祖師像)も「仏像」と呼ばれます。
 つまり広い意味での=一般に使われている意味での「仏像」とは,釈迦の姿だけではなく,釈迦以外のほとけ,さまざまな菩薩,神・明王・羅漢・祖師などの姿のことなのです。また一般的には単なる「像」ではなく,礼拝や信仰の対象となる像のことを仏像といいます。
 ちなみに普通「仏像」と聞くと彫刻された像をイメージしますが,絵に描かれた姿も仏像ということもあります(絵に描かれた仏像は,一般的には「仏画」といいます)。

「仏像」のレヴェル

 以上のことをまとめると次のようになります。

 1.悟りを開いた釈迦
 2.さまざまなほとけの像(如来像。悟りを開いた釈迦も含む)
 3.1+2+ さまざまな菩薩像,神・明王・羅漢・祖師像など

 レヴェル について少し補足説明をしておきます。
 釈迦(如来)・阿弥陀如来・薬師如来などは,悟りを開いたほとけの姿です。つまりレヴェル1の意味を広げ,釈迦だけではなく,すべての「ほとけの姿」を「仏像」と呼ぶレヴェルです。(「如来」は「真理<>の世界からた人」の意味で,「ほとけ」と同じ意味です。)
 また特に如来像という言葉を使うのは,一般的な意味での仏像(レヴェル)と区別するためです。




仏像が作られるようになったわけ

 今でこそ,どこででも気軽に仏像を見ることができますが,釈迦が生きていた当時はもちろんのこと,釈迦の死後数百年経っても仏像を見ることはできませんでした。どうやら仏像を作ることがタブーとされていたようなのです。
 一般にいわれているのは,釈迦は悟りを開いた人であり,普通の人とは違っていると考えたのでしょう,ともかく釈迦の姿をそのまま表現することがはばかられたという説です。あるいは普通の人間と同じ姿で表現することはできない,と考えたのかもしれません。このへんのことはずいぶん古い話なので確固たる証拠がなく,残念ながら推測するしか方法がないのです。

釈迦の象徴
 しかし生前から尊敬を集めていた釈迦ですから,信者(仏教徒)たちがなんらかの具体的な形として釈迦を見たいと思うのも当然のことです。そこでタブーに触れずに,崇拝・礼拝・信仰できる対象として考え出されたのが,釈迦がその下で悟りを開いた菩提樹(ぼだいじゅ)や釈迦の説法を象徴する法輪(ほうりん),あるいは足跡(仏足石<ぶっそくせき>)などだったわけです。

釈迦の特徴
 しばらくのあいだは,こういった象徴によって釈迦を表現していたわけですが,像にできないながらも,釈迦の身体についての観念が発展していきました。前述したように,釈迦は普通の人間とは違うと考えられていたようですから,なにか特徴がなければなりません。そこで,インドの伝説で理想の王とされている転輪聖王(てんりんじょうおう)の姿をモデルに,さまざまな超人的な特徴が考え出されていったのです。最終的にまとめられたのが三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅごう)といわれる特徴で,釈迦には常人とは異なる32の大きな特徴と80の細かな特徴があるとされたのです。(この三十二相八十種好はかなり早くから考えられていて,初期の経典にも言及されています。)




仏像の出現

 いよいよ仏像の出現です。仏像が作られた年代は紀元後1世紀後半〜2世紀頃で,作られるようになったキッカケは,おそらくインド以外の文化が大きく影響したであろう,といわれています。

異文化の影響
 当時,インドでもっとも大きな王朝(国)だったのがクシャーナ王朝で,西北インドから中部インドにかけて広大な領土を支配していました。この王朝を築いたクシャーナ族は,インド人と同じアーリヤ系の民族でしたが,イラン系の騎馬民族なのです。異民族(異文化)であったため,従来のインドのタブーに左右されなかったのでしょう,この時代に仏像が作られるようになったのです。
 またクシャーナ王朝の首都であったプルシャプラ(現パキスタンのペシャワール)を含むガンダーラ地方は,紀元前4世紀のアレクサンドロス大王の侵入以来,間断的にではありますが,ギリシア人が支配していた地域でもありました。つまりガンダーラ地方は,クシャーナ族が統治する前から異文化,特にギリシア文化と接していた場所であり,インド文化だけに縛られていたわけではなかったのです。

はじめて仏像が作られたところ
 現在では,このガンダーラ地方ではじめて仏像が作られたという説が有力です。ちなみにもう一つ有力な候補として,中部インドのマトゥラーではじめて仏像が作られたという説もあります。どちらもほぼ同時期に仏像が作られ始めました。
 仏像の誕生には一応異文化の影響が考えられています。しかし前述したように,前々からなんらかの形で釈迦を表現し,釈迦の身体についても強い関心をもっていたわけですから,具体的な本当の釈迦の姿が見たい,と思うのは当然であり,自然なことです。ですから,たとえ外的な影響がなかったとしても,早晩作られていたに違いありません。

まずはレリーフから
 最初の仏像は,釈迦の伝記(仏伝<ぶつでん>)に登場する人物としての釈迦でした。この仏伝図はレリーフ(浮き彫り)で,独立した仏像ではなかったのですが,ともかく釈迦の姿を像にしてしまったわけですから大変なものです。タブーがなくなってしまったわけです。そのあとには,もちろん独立した仏像が作られました(完全な礼拝の対象として作られたと考えられています)。そしてさらに,釈迦以前にもブッダはいたとする考え(これを過去仏といいます)や大乗仏教になって複数の如来がいると考えられ,さまざまな仏像が作られていったのでした。




たくさんの仏像がいる理由


コラム1
 エッ!? 仏像と地名って……

 JRの山手線に目黒という駅がある。もちろん東京都目黒区にあるわけだが,この名前は,実は不動明王に由来していたのである。滝泉寺(ろうせんじ,りゅうせんじ)というお寺には,平安時代の名僧円仁(えんにん)が自ら彫刻したと伝えられる不動明王がある。これが有名な目黒不動だ。目黒区にあるから「目黒不動」と名づけられたと勘違いしている人も多いようだが,真実はまったくの逆。目黒不動があるところだから目黒という名前になった。
 江戸時代に五色不動(ごしきふどう)信仰が流行し,その影響から目黒という名が取られ地名にされたそうである。のほかには何色があるかというと,そう,聡明な読者ならとっくに気づいていると思うが,がある。山手線の「目白」は目白不動から取られた名前だったのだ。それ以外の不動は,目黄不動,目青不動,目赤不動で,残念ながらこの三不動は地名として残らなかったが,五色のうち二つが地名として残されたのだから,大したものである。
 地名と仏教との関係には,こうした江戸時代の信仰の深さが偲ばれるエピソードもあったのであった。

 以下に紹介するように,仏像にはさまざまな種類があります。それは,わたしたち人間にはさまざまな種類の人がいたり,さまざまな願いがあるからなのです。人々の状況や願いに応じて役割を分担している,と考えればわかりやすいでしょう。
 如来,菩薩,明王,天(神)など,たくさんのほとけがいますが,上下関係はありません。各仏像の説明を読み進めていくと,如来がいちばん偉く,以後菩薩,明王,天というように順位があるように見えます。如来が社長で,菩薩が重役などのように上下関係があるように見えます。たしかに役割が分かれていたり,上下関係があるような面もありますが,実際にはそうではありません。
 不動明王大日如来の化身であったり,死者を裁く閻魔大王(えんまだいおう)が地蔵菩薩の化身であるなど,仏教には「化身」という考え方があります。多くのさまざまな人々を救うために如来が自身の身体を変化させた姿が化身なのです。ですから不動明王が大日如来の智慧の一部分を強調させた姿であるように,上下関係はないのです。
 姿・形の違う多くの仏像がいますが,その願いはただの一つです。それぞれの仏像がそれぞれの役割を担い,すべての人間を救うことを目標としているのです。




仏像の見分け方

 一目見ただけで,どの仏像かわかりますか? あまりにたくさんの仏像がいるので,普通の人が正確に見分けるのはかなり難しいことでしょう。
 そこで,チョットしたこと(特徴)に気をつけるだけで簡単に仏像の種類を見分ける方法をお教えしましょう。それぞれの仏像は,経典などでだいたい姿形が決まっているので,コツを覚えてしまえばすぐに見分けられます。とくに手と指(印相<いんぞう>,印契<いんげい>,手印<しゅいん>)などの身体的特徴,持ち物(持物<じもつ>),衣服などに大きく特徴が出ていますので,それらを中心に解説していきましょう。
 まずは如来像,菩薩像,明王,天(神)の見分け方について(羅漢像・祖師像などはここでは省略します)。

如来像の見分け方

 如来像は,悟りを開いた釈迦の姿を基本にしています。釈迦は出家して悟りを開いたわけですから,当然出家した人の姿で表現されます。また仏教はインドで興った宗教ですから,これまた当然インドの出家者の姿ということになります。

衣服
 衣服は,全身を覆う一枚の布(衲衣<のうえ>,大衣<だいえ>)を着ているだけの姿です(下半身に<も,〔くん〕>などをつけているものもあります)。そのほかの装身具は一切身につけていません。ちなみに衲衣の着方には両肩を覆う通肩(つうけん),右肩を出し左肩だけ掛ける偏袒右肩(へんだんうけん)の2種類があります。(左側が必ず隠されるのは,<手>が不浄と考えられていたからです。)

髪の毛や頭
 髪の毛は,螺髪(らほつ)と呼ばれるブツブツで表現されますが,これは地肌にブツブツがついているわけではありません。髪の毛が右巻きに巻き貝のようになって固まりへばりついているのです(「螺」は巻き貝のことです)。
 また頭の中央部が盛り上がって,頭が2段になっているのも如来像の特徴です。これを肉髻(にっけい)といい,如来の特徴である三十二相のうちの一つ頂髻相(ちょうけいそう)になっています。この特徴は,経典などでは,頭頂部の肉が盛り上がっていると説明されていますが,実は単に髪を結った髷(まげ)であった,というのが真相のようです。(ガンダーラで作られた如来像では,明らかに髪を結ったと思われるものがありますし,また螺髪もありません。)
 そのほかにも目立つ特徴として白毫(びゃくごう)があります。これは,眉間から伸びた白い毛が右に渦を巻いて固まったもので,ここから光を放つとされています(この白い毛をビューッと延ばすと2メートル以上になるとのこと)。

如来の手の形(印)と持ち物
 如来像でもとくに特徴があるのが手と指です。ほとんどの如来がを結んでいます。印の種類はけっこうたくさんあるのでチョット面倒ですが,これさえ覚えてしまえば如来像に関してはほぼ完璧に見分けることができるでしょう。どの如来がどの印を結んでいるかについては,如来像のところで説明します。
 如来は,原則として持物は持ちません。それは,如来は出家者であり,衣と托鉢をするための(はつ)しか持つことを許されていないからです(これは戒律=生活規則で定められています)。ただし薬師如来だけは例外です。薬師如来は人々の病気を治してくれるほとけであり,そのために,左手に薬の入った壷(薬壷<やっこ>)を持っています。ですから手に薬壷を持っていたら,その仏像は薬師如来像と考えていいでしょう。

特別な如来像
 以上が如来像の見分け方ですが,密教のほとけである大日如来だけは違います。大日如来は(密教では)ほとけのなかのほとけ,諸仏の王とされているため,出家者の姿ではなくインドの王様の姿で表現されているのです。頭に冠をかぶったり,ブレスレットをするなどさまざまな装飾品を身につけ,菩薩像のような姿をしています。ただし菩薩像とは違い,手には特徴のある印を結んでいますので,すぐに区別がつくでしょう。


菩薩像の見分け方

 次に菩薩像の見分け方について説明しましょう。
 菩薩像も,基本的には釈迦の姿をモデルにしています。ただし如来像のように出家者の姿ではなく,出家をする前のインドの貴族(王族)の姿をしています。ですから衣服や髪型は如来像とはかなり違いますし,たくさんの装飾品をつけているのです。

衣服や飾り
 上半身はほとんど裸で,左肩から右側の腰にかけて,薄い帯状の布(条帛<じょうはく>)が掛けられ,また両肩から,細長い布(天衣<てんね>)が軽やかに垂らされています。下半身にはロングスカートのような着衣(<も>)をつけています。
 体にはイヤリング,ネックレス(瓔珞<ようらく>),上腕の腕輪(臂釧<ひせん>),ブレスレット(腕釧<わんせん>)など豪華な装飾品を身につけています。

超人的な姿
 そのほかには,多くの顔(多面)や多くの腕(多臂<たひ>)をもつ超人間的な姿で表現される像が多いことも特徴といえるでしょう。たとえば代表的な多面菩薩である十一面観音や多臂菩薩である千手観音などがそうです。

特別な菩薩像
 ただし地蔵菩薩だけは違います。地蔵菩薩は,他の菩薩のように着飾った在家者の姿ではなく,髪の毛を剃り(剃髪<ていはつ>),袈裟(けさ)を身につけた僧の姿で表現されます。他の菩薩と同じようにネックレス(瓔珞<ようらく>)をつけることもありますが,特徴は,なんといっても左手の宝珠(ほうじゅ)と右手に持った錫杖(しゃくじょう)でしょう。地蔵菩薩はたくさんの種類がありますが,これが一般的な姿です。  まあ,以上がざっとした菩薩の特徴です。(詳しいことは菩薩像のところで説明します。)


明王像の見分け方

 明王密教のほとけで,普通の方法ではいうことを聞かない人を従わせ,仏教の敵に立ち向かうために,牙をむき怒った姿で表現されます。
 菩薩ほどではありませんが,冠などの装飾品を身につけていて,衣服もだいたい菩薩像と同じような感じです。ただし体や腕にヘビを巻きつけるなどの装飾がある像もあります。

怒った顔
 いちばんの際だった特徴は,怒った顔(忿怒相<ふんぬそう>)です。怒った顔のほとけさまを見たら,明王部の仏像と考えてください。ほかの特徴としては持物があります。ほとんどの明王が,悪を打ち破るためになんらかの武器を手にしているのです。(光背火焔形。)
 ただし明王像にも例外があります。孔雀明王だけは,やさしく穏やかな顔をしていて,武器も持っていません。普通は孔雀の背に乗った姿で表現されるので,すぐにほかの仏像と区別がつくと思います。


天部(神)の見分け方

 最後に天部の仏像について説明します。
 「天」は天界の住人というような意味で,「神」と同じと考えていいでしょう。ただし天界は,キリスト教の天国のように永遠の楽園ではなく,輪廻の領域の一部なのです(輪廻の領域のなかでは最高の場所)。ですから神といっても一神教的な絶対神ではなく,寿命があり,ほかの生き物と同じように死に,生まれ変わらなければならない存在なのです。
 天部には,男性形・女性形(天女),それに動物の顔をしているなどさまざまな種類の神がいて,仏教を守ってくれています。

衣服
 他の仏像と区別するには,衣服に注目するのがいいでしょう。天部の像は,男性形ならば甲冑(鎧)をつけていたり,中国風の衣装を着ていることが多いからです。武器を持った姿も多いのですが,衣服や顔で明王像と区別がつくでしょう。また七福神のようになじみ深い像もあります。

女性や動物系を見たら
 他の部門の仏像には女性像がないのですから,女性形の仏像を見たら,まず天部の仏像と考えていいでしょう。また中国の貴婦人の姿で表現されていて,きらびやかな装飾品を身につけているので,すぐにわかると思います。  動物の顔をした像も他の部門にはないので,すぐに天部の神とわかります。なかでも有名なのが,象の顔をした像や鳥の顔をした像です。

 以上で仏像の見分け方の簡単な説明を終わります。もっと詳しく知りたい方は,それぞれの仏像の項を見てください。




仏像の姿勢

 仏像の姿勢には,大きく分けて坐像(座像)と立像(仏教では「りゅうぞう」と読みます)の2種類があります。

坐像……坐り方
 坐像でもっとも一般的な形は,両足の甲をそれぞれ逆の足のももに乗せて足を組む結跏趺坐(けっかふざ)で,これが基本形となり,多くの坐像がこの姿をしています。(両足の足の裏が見える坐り方。)ただし結跏趺坐にも二つの形があります。一つは,右足を先に組み,その上に左足を組む形で,降魔坐(ごうまざ)といい,その逆を吉祥坐(きちじょうざ)といって区別しています。
 片足を組まないもの(左足を組まず<右のももに乗せず,ただ折り曲げただけ>,右足の足の裏だけが見えている坐り方)を半跏坐(はんかざ)・半跏趺坐といいます。また組んでない足を台座から垂らした形も半跏坐といいます。この形の有名な仏像が,(弥勒菩薩の)半跏思惟像(はんかしゆいぞう)でしょう。垂らしてる足と反対側の手を頬に当て,考えているポーズを取っている仏像です。
 このほかの坐像としては,正座をする跪坐(位)(きざい)やイスに坐っている倚像(いぞう)(両足は平行)や足を交差している交脚像(こうきゃくぞう)などがあります。

立像,その他
 立像は,両足をそろえる形が一般的ですが,片足に体重をかけて(体重のかかっていないほうの足を軽く前に出した)遊足(ゆうそく)という形もあります。
 そのほかに変わった姿勢として,寝ている姿(臥形<がぎょう>)の仏像もあります。しかしこれはただ寝ているというわけではなく,釈迦の涅槃(ねはん)の姿なのです。ですからこの像のことを特別に涅槃像といいます。