お釈迦さまについて


「仏教」ってなに?

A1.仏教とは、文字通り「ほとけ)のえ」であり、「ほとけ)になるためのえ」のことです。

A2.わかりやすく説明すると、仏教っていうのは、キリスト教・イスラム教と並ぶ世界三大宗教の一つで、釈迦と呼ばれる人物(お釈迦さま)が、おそらく紀元前6〜5世紀にインドのガンジス河中流域で始めた宗教のことです。英語でいうとBuddhism ブッディズム。釈迦の教えに基づいて、自らの苦しみを消滅させてさとりを開き、ほとけになる(成仏する)ことを目的とします。紀元前三世紀頃からインド国外にも伝わり、徐々に中央アジア、東南アジア、東アジアなどへと広まっていき、日本に伝えられました。

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「ほとけ」ってなに?

ブッダ仏陀のことです。ブッダとは、狭い意味では仏教を始めた釈迦のことをいいますが、もともとは、「目覚める」という動詞の過去分詞形で、広く「目覚めた人」「悟った人」を意味します。広くは悟った人すべてを意味する一般名詞です。この仏陀が省略されてとなり、日本語ではほとけと読まれるようになりました。日本では観音さま、お地蔵さま、お不動さまなど、寺院にまつられる尊像をすべて「ほとけさま」と呼ぶ習わしです。またという文字は、旧字体ではですが、にんべんの人に否定を表す弗で「人に非ず」を意味する字なのです。
 そこから一般的に死者(の霊)のことをほとけというのは、「死者は神になる」という信仰から、神と仏が同一視されて、死者の霊や先祖のことをほとけというようになったという説や、わたしたち人間はもともとはほとけの世界に住んでいたのですが、修行のためにこの現実世界に生まれ、死後再びほとけの世界に帰るので死者をほとけといった、などさまざまな説があってはっきりしたことはわかっていません。


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お釈迦さまってだれ?

A.仏教を始めた人です。「釈迦(しゃか)」はサンスクリット語シャーキヤを音訳したもので、本来はシャーキヤ族という種族の名前です。仏教の開祖であるお釈迦さまは、この釈迦族出身であり、釈迦族の聖者ということで釈迦牟尼(しゃかむに)と呼ばれます。そのため釈迦は、一般的には、釈迦族を意味するよりも、この釈迦牟尼を略した言葉として使われることが多いのです。また釈迦のことを尊称して釈尊(しゃくそん)ともいいますが、これは釈迦牟尼世尊を省略したものです。
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お釈迦さまの本名は?

A.サンスクリット語で、ガウタマ(ゴータマ)・シッダールタです(パーリ語だとゴータマ・シッダッタ)。ガウタマが姓で「最上(最高、最良)の牛」を意味します。シッダールタが名前で「目的を達成した人」を意味します。
 ガウタマは、本来はインドで最高位にあるバラモン(司祭階級、ブラーフマナ)にのみ許されていた姓なのです。ですから貴族(武人)階級(クシャトリヤ)に属する釈迦の姓がガウタマというのはおかしいのですが、当時は都市国家が栄えクシャトリヤの権威が増していたようですし、また釈迦が住んでいたところは辺境だったので、そうした決まりが厳密に守られていなかったのかもしれません。まあ、日本でも姓の売り買いが行なわれていたことですし(たとえば武士の姓を大商人に売るとか)、もっとも早く作られたと考えられている経典(たとえば『スッタニパータ(経の集まり)』第5章「パーラーヤナ・ヴァッガ(彼岸道の章)」など)でも、他教(バラモン教)の人間が釈迦のことを「ゴータマよ」と呼びかけていますので、ガウタマ(・シッダールタ)を本名と考えてもよいでしょう。(シッダールタのほうは、古い経典には出てこないようです。)
 ただしこれは出家前の呼び名で、悟りを開いてからはゴータマ・ブッダシャーキヤムニ・ブッダなどと呼ばれていました。(出家後〜成道まではシャーキヤムニとされています。)
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お釈迦さまは実在の人ですか?

A.釈迦は「太陽の子孫(日種 にっしゅ<日種族>)」と呼ばれることもあり、また初期の経典でも、6本の牙を持つ白象(びゃくぞう)が右脇から体内に入る夢を見て母親のマーヤーが懐妊したなど、釈迦の生涯についてかなり神話的な要素がたくさん盛り込まれています。そのためフランスの仏教学者スナールは、「実在の人物ではなく太陽を神格化したものであり太陽信仰の象徴である」という説を(1882年)発表しました。
 しかしながら学会ではあまり相手にされず、その後1898年1月イギリス駐在官であったペッペという人が、北インド地方にあるピプラワーというところで古いストゥーパ仏塔<仏塔について詳しく知りたいかたは、仏教ものしり百科寺院を参照してください>)を発掘中に仏舎利(ぶっしゃり、釈迦の遺骨のこと)の入った壷を発見したのです。その壷には紀元前3世紀頃の文字で「釈迦の遺骨を納めた壷である」というようなことが刻まれていました。これはおそらく本物の仏舎利であろう、と認められたため釈迦は実在の人物であることがほぼ決定されたのでした。
 こうして「釈迦非実在説」はもろくも崩れ去っていったのですが、最近釈迦の実在を裏づける証拠がまた発見されました。
 インド国境にほど近いネパールのルンビニーという農村で発掘された石室から、この地が釈迦の生誕の地と認定されたのです。石室には、釈迦の王子時代の姿をかたどった陶器などが納められていたといいます。またアショーカ王(阿育王<あいくおう>、在位紀元前268年頃〜232年頃)がブッダ生誕の地を訪れたとき、ここが生誕地であることを示すために残したと考えられる石碑や、釈迦がこの地で誕生したことを示す生誕石が発見されたのです。こうした発見は、「釈迦の生誕地はどこか?」という問題に解答を与えるだけではなく、釈迦が実在の人物であることをより完全に証明するためにも必要なことだといえるでしょう。
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お釈迦さまの生涯は?

仏教をお開きになったお釈迦さまは、今から約2500年ほど前に実在した方です。
お釈迦さまはシャカ族の王子としてルンビニーという所でお生まれになりました。(降誕)その後、成人し結婚して子供も設けたのですが、大変に繊細な方で常に死の恐怖と戦っていたようです。そして、29歳の時に周りの反対を押し切って、とうとう髪を剃って城を出て修行生活に入ってしまったのです。(出家)
その後6年間色々な苦行をなされましたが(苦行)、ある時、苦行だけでは「さとり」は得られない事に気づき、苦行から離れてしまいました。そして、ガヤーという地のナイランジャナー河(尼連禅河)をのぞむ沙羅双樹の下で深い瞑想に入り、ついにさとりを開いたのです。(成道)そして、ブッダ(目覚めた人)と言われるようになりました。その後その地はブッダガヤーと言われ、また、沙羅双樹も聖なる樹(菩提樹)として崇められるようになりました。
それから、その覚った内容を人々に説いて導こうと決意し、バーラーナシー郊外のサールナートと言うところで、初めての説法をしました。(初転法輪)
その後は次々とお釈迦さんの下にお弟子さんが集まってきました。教団自体も成長し、信者も増えその信者の寄進であちこちにお坊さんが集う場所が出来ました。その中でも「平家物語」に出てくる「祇園精舎」と、「竹林精舎」が有名です。
お釈迦さまはその後も各地を遊説し、80歳になってふるさとをめざす旅に出発しました。しかし、途中で重い病にかかり、クシナガラと言う地で亡くなりました。(入滅・涅槃)
この中のルンビニー・ブッダガヤー・サールナート・クシナガラは仏教の4大聖地として、仏教徒達が巡礼を行ったのです。
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お釈迦さまってどこで生まれたの?

A.ルンビニーというところです。現在、この地は、インドに近いネパール南部のタラーイ地方にあるルンミンデーイーだろうとされています。ですから、今の区分でいえば、釈迦はネパール生まれということになるのです。
 ここが釈迦誕生の地とわかったのは、わずか100年前のことです。1896年12月考古学者のフューラーは、アショーカ王が建てた石柱を発見しました。その碑文には、ここが釈迦生誕の地であることが記されていたのです。この結果、ここルンミンデーイーが生誕地とほぼ決定されたのでした。また最近、この場所で新たな証拠が発見されたため(上のQ&Aを参照してください)、完全に証明されたといえるでしょう。
 ただし生まれたところは、あくまでも「生まれたところ」です。たとえば東京に住んでいる夫婦がいるとしましょう。奥さんは神奈川県出身で、妊娠しています。いろいろな事情から里帰りして出産することにした、というケースを考えてみてください。いかがでしょう。子供が生まれたのは神奈川県ですが、日常生活を送る場は東京です。釈迦の誕生も、実はこのケースに似ているのです。
 母親のマーヤーはコーリヤ族の出身で、釈迦族のシュッドーダナ王に嫁いできたらしいのです。釈迦族の根拠地(首都)はカピラヴァストゥというところでした。ここは、釈迦が生まれたルンビニーとは約24、5キロ離れています。なぜそんな離れた場所で出産したかについては、出産のため故郷に帰る途中だったのではないか、と推測されています。旅の途中で出産したというわけです。
 ですから、生まれた場所も非常に重要だとは思うのですが、釈迦が実際に生活していた場所、活動の拠点も非常に重要なのではないかと思います。
 ちなみに伝説では、釈迦はマーヤーの右脇腹から生まれたとされています。
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お釈迦さまの誕生日は?

A.生年については、おもに、紀元前463年頃紀元前566年頃紀元前624年頃の三説があります。諸説ある理由は、経典・論書などの記述に違いがあったりするからです。
 「紀元前463年頃」は北方伝承に基づく説、「紀元前566年頃」は南方伝承に基づく説、「紀元前624年頃」は現在南方仏教諸国(スリランカ、タイ、ミャンマーなど)で伝承されている説です。
 日本では、現在「紀元前463年頃」説が有力ですが、この説にもかなりの欠点があるので断定することはできません。
 月日については、「ヴァイシャーカ月の満月の日」とされています。ヴァイシャーカ(パーリ語だとヴェーサーカウェーサーカ>)は、インドの暦(太陰暦)の第2番目の月で、太陽暦だと4月か5月に当たります。そのため日本では4月8日を釈迦の誕生日としています。
 しかしパーリ語の経典などでは、悟りを開いた(成道<じょうどう>)日、釈迦が亡くなった(入滅<にゅうめつ>、仏滅<ぶつめつ>)日も同じ日なのです。もちろんそうした偶然もあるとは思うのですが、ちょっと疑問が残ることも確かです。
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お釈迦さまの国籍は?

A.インド人といっていいと思います。上のQ&Aにあるとおり、釈迦が生まれたのはネパール領内ですが、当時は今のような国境はありませんでした。ネパール南部とインド北部は同じような文化をもっていたでしょうし、民族的にも大きな違いはなかったと考えられています。ですからインド人ということにしておきましょう。
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お釈迦さまってどんな言葉を話していたの?

A.釈迦がおもに活動していたのは、当時最大の国であったと考えられるマガダ国やライヴァルのコーサラ国です。そのため、この地方で話されていた言葉を釈迦も使っていただろうと考えられています。具体的にはマガダ語などですが、その全貌はよくわかっていません。
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お釈迦さまって何歳まで生きたの? 死因は?

A.80歳です。ちなみに釈迦が亡くなったことを入滅(にゅうめつ)、仏滅(ぶつめつ)といいます(涅槃<ねはん>ともいいます)。
 入滅の日は「ヴァイシャーカ月の満月の日」だと伝えられています。このヴァイシャーカは、「Q&A.生年月日は?」でも述べたとおり、インドの暦(太陰暦)の第2番目の月です。そのため2月15日を釈迦の入滅涅槃)の日としています。
 ところで、問題は西暦何年に亡くなったかです。かなり古くからいろいろな説があって、非常に複雑になっているのです。南方仏教諸国では紀元前544年頃と考えられています。日本では、ちょっと前までは、歴史方面で紀元前486年頃に入滅したと考えられていたのですが、現在では、紀元前383年頃説が有力で、教科書でも一応この説が採用されています。
 しかし断定することは危険です。全世界の学者がさまざまに頭をひねって研究しているのですが、決定的といえる解答は出ていないというのが実状です。
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カレンダーの仏滅って、お釈迦さまと関係あるの?

A.違います。これは、日の吉凶を示すために作られたもので、カレンダーに対する注釈なのです。正しくは「仏滅日」といいます。
 六曜(ろくよう)とか六輝(ろっき)といって、中国から入ってきた考え方です。実際の生活に根づいたのは江戸時代の後期とされていますから、意外と新しいものといえるでしょう。はじめは「空亡(くうぼう)」といっていたらしいのですが、その後「物滅」と変化し、「仏滅」と書かれるようになったようです。
 ですから釈迦の入滅=仏滅とは関係ありません。今でも結婚式には「仏滅の日」が避けられますが、それは釈迦が亡くなった日だからではなく、六曜によって「悪い日(凶日)」と考えられているからなのです。
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