高野山真言宗
準別格本山 |
大阪府大阪市北区太融寺町3−7(〒530)
新西国三十三ヶ所霊場第二番
近畿三十六不動尊霊場第六番
おおさか十三仏霊場第八番
摂津国八十八ヶ所霊場第六番
ぼけ封じ観音霊場第七番
なにわ七幸
JR大阪駅、阪急・阪神・地下鉄梅田駅から東へ(扇町通)300m右側
略縁起
- 当寺は弘仁12年(821年)にこの地に弘法大師が嵯峨天皇の勅願により、創建されました。ご本尊の千手観世音菩薩は、嵯峨天皇の念持仏を下賜され、天皇の皇子河原左大臣源融(みなもとのとおる)公が、この地に八町四面を画して、七堂伽藍を建立され、浪華の名刹として参詣者でにぎわいました。当時を偲ぶ境内地の名称は今に伝えて、太融寺町、堂山町、神山町、扇町公園、野崎町、兎我野町等として残って居ります。
元和元年(1615年)5月、大阪城落城のとき兵火で全焼しましたが、元禄年間に太堂、南大門など諸堂25棟が復興して、“北野の太融寺”と市民に親しまれ大いに栄えました。
昭和20年(1945年)6月戦災で堂塔伽藍一切が灰燼に帰しましたが、ご本尊千手観世音菩薩は無事難をまぬがれました。戦後再建に着手、本堂、大師堂、不動堂、宝塔、客殿、本坊、庫裡、鐘楼、東・西・南・北門、御供所20余棟が復興しました。