研究論文(8)



万人看過の心経「菩提−薩■(土+垂)」のニルクテイ(1)
真野龍海

 今日、讀誦の心経は玄奘訳で、冒頭は「観自在菩薩」とあるが、この「菩薩」は、後段には「菩提−薩■」と分かち書きされている。何故か。ニルクテイ(nirukti 語源学風解釈 etymology )によるものである。これは今までの様々の心経解説書にも触れられていないようである。その箇所は即ち次の文である。@Aのニルクテイは順次BCである。
 @菩提−A薩■ C依B般若波羅蜜多、故心無▼(四+圭)礙

 梵文では二種があって次のように公刊されている。

 A (法隆寺梵本)金岡秀友校注『般若心経』pp.13〜14.
  @bodhi-Asattvasya B prajJApAramitAm CASritya viharati a-cittAvaraNaH
 B 岩波文庫『般若心経・金剛般若経』中村元・紀野一義訳注、p.175.では、
 敦煌出土の唐梵翻対字音心経(『大正新脩大蔵経』8,852.冒地裟縛)
@bodhi-AsattvAnAM BprajJApAramitAm CASritya viharati a-cittAvaraNaH

 両者比較すると、菩薩が Aは、@bodhi-Asattvasya と単数形、 Bは、@bodhi-AsattvAnAM 複数である。「住する(viharati)」「心に▼礙なく(a-cittAvaraNaH)」は、共に単数形 で統一されている。Bは菩薩の語のみが複数で不整合。しかし、AB共にニルクテイでは、次のように同じである。


菩 薩


@菩 提 = B般若波羅蜜多に

A薩■(sattva[梵語]→satta[パーリ語]→sakta[梵語 %saJj
→依と同意味のA%SrI(依)のgd. ASritya] C依って と解釈

 真野はAを取り、この箇所は、「菩提 薩■」は、「@菩提」即ち般若波羅蜜多を、「A薩■ satta →sakta 依 」依り所として住していて(viharati)、心には▼礙なし、と解釈するのである。(2)
以上のように玄奘は、後段では菩薩がニルクテイで「菩提+薩■」と二語に分けて、菩提は般若波羅蜜多であり、薩■は依と説明されているから、ここでは「菩薩」の一語でなく、訳語を「菩提 薩■」と分かち訳したのである。
 このようなニルクテイ は仏典外典(3)の各所で用いられ、仏典作成、解釈の常識である。 常識であるが、梵語とニルクテイの理解を伴う常識なので、万巻の解説書も、ここを素通りして来たのである。

 敬愛すべき隣人の碩徳峰島旭雄上人に、愚生が、おそらく初のニルクテイによる心経解釈の一文を寄稿し、ささやかな祝意を表明出来たことは幸いである。



注 釈

(1) nirukti 語源学的解釈、説明、インド原典には、その構成、説明には多く用いられ、こじつけ、語呂合わせ的なものも多いが、その主旨を分かりやすく、構築するためにも多く使用されている。
(2) 荻原雲来『荻原雲来文集』pp.886〜」887.「般若心経の誤訳問題」では、このAでなく、Bに依られて、菩薩複数を可とし、単数を不可とす。
(3) @辻直四郎『ヴェ―ダ―学論集』1998,岩波書店、p.19.「V etymologia 」 A真野龍海「訓釈詞(niruktiニルクテイ)について」『仏教文化学会紀要』第十号、平成十三年十月十日。 B真野龍海「《法華経》「方便品」と『初転法輪経』」1992,大正大学研究紀要77、pp.1〜31. C真野龍海「般若経に於ける語源学的説明(nirukti) ―如来・スブーテイ―」壬生台舜博士頌寿記念『仏教の歴史と思想』1985.pp.77〜94.